2022年09月07日
高石ともや氏
先日、新聞に高石ともや氏の記事が出ていた。81歳らしい。

私の音楽活動の中で、影響された一人である。
高石氏は「受験生ブルース」ヒット後、フォークソングに疲れたと言って、渡米しカリフォルニアのバプテスト派の牧師の家でホームステイする。
そこで、日本とは違う民主主義を見て、また歌に対するエネルギーを得たそうだ。
帰国後、アメリカで歌われていた、ブルーグラスやカントリーソングを邦訳して歌い始めた。
「高石ともやとザ・ナターシャセブン」の誕生である。高石氏にバンジョーを紹介したのは、うちの近所に住むN氏だったそうだ。知らんけど。
私もナターシャセブンのバンジョー弾き、城田じゅんじさんに影響され、バンジョーを始めた。
大学生の頃、橋本市の市民会館でコンサートがあった時、京都から紀見峠を越えて自転車で来たと聞いた時は、飛び上がった。
メンバーにも常にストイックで、マラソンを強制していたので、みんな嫌がっていたそうである。
高石ともや氏81歳、吉田拓郎氏76歳、みんな元気である。
日曜日は粉河チャペルへどうぞ。
私の音楽活動の中で、影響された一人である。
高石氏は「受験生ブルース」ヒット後、フォークソングに疲れたと言って、渡米しカリフォルニアのバプテスト派の牧師の家でホームステイする。
そこで、日本とは違う民主主義を見て、また歌に対するエネルギーを得たそうだ。
帰国後、アメリカで歌われていた、ブルーグラスやカントリーソングを邦訳して歌い始めた。
「高石ともやとザ・ナターシャセブン」の誕生である。高石氏にバンジョーを紹介したのは、うちの近所に住むN氏だったそうだ。知らんけど。
私もナターシャセブンのバンジョー弾き、城田じゅんじさんに影響され、バンジョーを始めた。
大学生の頃、橋本市の市民会館でコンサートがあった時、京都から紀見峠を越えて自転車で来たと聞いた時は、飛び上がった。
メンバーにも常にストイックで、マラソンを強制していたので、みんな嫌がっていたそうである。
高石ともや氏81歳、吉田拓郎氏76歳、みんな元気である。
日曜日は粉河チャペルへどうぞ。
Posted by ちゃーちゃん at 17:34│Comments(0)